甘い生活

ビューティフル・ヒューマン・ライフ

高橋と俺

中学はとにかく窮屈だった。
俺のクラス内ヒエラルキーは下から数えた方が早くて、最下層ではないけど中の下ぐらい。
中の中くらいの奴らは全員ソフトテニス部に固まっていて、陸上部の俺はそいつらとつるもうとしても微妙な壁が生まれてしまう。話したことが無い奴が来るともう、だめだった。
同じ陸上部でも、短距離と長距離でなんとなく格差があった。
短距離の奴らは全国大会常連。他校からも一目置かれる奴らで、長距離はせいぜい、市大会で三位レベル。
おまけに変わり者の集まりで、もちろん俺もその内の一人だった。
だから、花形の野球部でレギュラーの高橋がなんで俺と仲良くしようと思ったのかは未だによくわからない。

中学二年の時に高橋と同じクラスになった。
その頃の俺は部活の成績が伸びず、学校の成績も学年平均を大きく割っていてバイオリズムの谷底。
貧乏揺すりが酷すぎて、陰で女子から顰蹙を買っていたくらい。
オナニーにハマって、ニキビが増えて、髪もちりちりになっていって。もう散々だった。
休みの日はずっと囲碁を打っていた。いや打たざるを得なかった。
一緒に遊べる友達がいなかったから。
同じ部活の奴らとは一緒に下校して色々話したりはしたが、休日に誘われることは無かった。
一年生の頃は家まで行って遊んだ短距離の奴らとも、空気的になんとなく離れていった。
入学当初あやふやだった境界線がはっきりしてしまったんだと思う。
一度ソフトテニス部の奴らと遊んだ時があった。他の小学校出身で関わりが無かった奴と上手く打ち解けることが出来なくて、
気まずい思いをしながら野球をした。ボールを拾いに行った時、顔を上げた所にたまたま角があって、そこで瞼を切った。
大出血で病院に運ばれた。それからそいつらに誘われることも一切無くなった。

中二の夏頃にようやく気付いた。他の奴らと比べて自分がかなり遅れていることに。
最初は俺と同じでダンロップとか履いてたのに、皆いつの間にかナイキのエアフォース1やローファーを履いている。
焦ってABCマート限定のVANSのエアフォース1のパチモンみたいなスニーカーを買った。
本当は俺もエアフォース1が欲しかった。

髪型も皆ワックスで立て始めていて、俺も床屋を卒業して美容院に通いだした。
髪を立てるのは「そっち側」の奴の特権だと思って避けた。整髪剤を使うのは家の洗面台の前だけだった。
全く上手くセットできなかった。

一番の問題は服だった。皆、駅前のフォーラスという佐々木希がスカウトされたことでも有名なショッピングモールで服を買い出していた。
中一の頃は大差なかったのに、急に洒落た格好をする奴が目に入るようになった。
俺はと言うと、中学の近くにあるマックハウスにさえ入るのが怖かった。
何を着ればいいかわからない、でも自分がダサくて、それが恥ずかしいことだけははっきり自覚していた。

だから高橋が「一緒に服を買いに行こう」と提案してくれた時は嬉しかった。
服を見立ててくれるのもそうだし、何より休日に遊びに連れ出してくれたのが本当に嬉しかった。

肝心の服選びは上手くいかなかった。高橋の服装はかなりお洒落で、カジュアルでカッコいい系の服装。
高橋は自分の好みで服を見立ててくるので、芋系の俺が着るとどうしても服が浮いてしまう。
結局何も買えなくて目的は果たせなかったけど、それでも楽しかった。

それから高橋と俺は良くつるむようになった。帰りにゲーセンに寄って音ゲーやったり、エロ本屋の18禁コーナーに忍び込んだり。
ちょうど家までの帰り道が一緒の方向で、他の野球部の奴らと気まずい思いをしながら帰ることもあったけど、二人で帰る時は楽しかった。
ガラケーを買って初めてメールアドレスを交換したのも高橋だった。
俺のアドレスは童貞にまつわるもので、「いつか童貞を捨てたらアドレス変えて、最初に報告するからな」と宣言した。
高橋は「絶対しろよ」と笑っていた。

そのまま中3になっても仲は変わらなかった。
スパルタ塾の指導にへばっていた時に、個別指導塾に誘ってきたのも高橋だった。
当時好きだった女の子がいるのもあって、その塾に転入した。
一緒に県で一番の進学校へ進もうと話していた。同じ塾で切磋琢磨しようと。
しかし大学生とダべり、女の子をちらちら横見するという状況で勉強に身が入るわけでもなく、
俺は急激に成績を落としていった。

冬になって、俺も高橋も志望校を二つ下げていた。中の上くらいの高校。入れれば十分嬉しい所だったし、それでいいとも思っていた。
しかし親に猛反対された。もう一つレベルを下げて絶対安全圏の高校を受けろ、滑り止めの私立に行かせる金は無いと。
泣き叫んで拳を血だらけにするまで壁を殴っても親の意思は覆らなかった。
俺はもう一つ、レベルを下げることになった。そこからは完全に無気力になって、高橋にも話さなかった。

入試前の進路指導で、受験校を担任に告げた。
その日からどうも高橋が俺を妙に避けるようになった。
急に嫌われたと思って怖かった。でも自分では理由がわからなかったので、避ける高橋を追いかけて問い詰めた。
高橋はなかなか口を割らなかったがしつこく問い詰めると不機嫌そうに「どうして俺に西高受けること言わなかったんだよ」
と言った。
他の奴から俺が西高を受けることを聞いたらしい。
「本当は俺も志望校を変えたくなくて、でも親に無理やり決められて話す気にもなれなかった」と言うと
「一言相談しろよ、今まで色々仲良くしてきたけど、それくらいの信用も無いのかよ」と言った。
結局、納得はしてくれたものの微妙に気まずくなったまま入試期間に入り高橋は志望校に合格、俺は西高に受かって
会ったり連絡をすることも無くなった。

次の再開は成人式の時だった。
俺は一年浪人して大学一年生になっていた。成人式ということもあって長期間の帰省だった。
そこで中学の時の少人数での集まりに誘われて、その中に高橋もいた。

それなりに話した気はする。高橋は札幌の大学に進学していて、卒業後は地元に戻ると話していた。
俺は昔と比べて成長した姿を見せられると思った。もうマックハウスは怖くないし、フォーラスなんて
原宿で服を買った俺からすれば屁でもないぜ、なんて考えていた。その割には今でも垢抜けていないけど。
高橋は俺の服装や靴をじろじろと眺めていた。「ふーん」という感じの顔で。
服、良くなったなと褒められるかなと思ったけれど、何も言ってこなくて、むしろその見定めてくるような視線がなんとなく嫌だな、と思った。
高橋はいわゆる「地元最高だぜ」って感じの方で、バーベキューとかが好きなタイプ。
一方の俺は「東京おもしれええ!地元はクソ。文化的趣味最高!」って感じが今よりも更に強かったから、
話はもう全く噛み合わなくなっていたし、もうあの頃みたいに気さくに笑いあえる感じではなかった。
向こうからこっちに積極的に話を振ってくることも無かった。

最後に関わったのが二年前くらい。
メールじゃなくてlineが突然来た。
「お前の妹と俺の弟が付き合い始めたらしいぞ!」
マジだった。これは笑った。
「マジかよ。笑 てか俺、前童貞卒業したら初めにお前に言うって言ってたじゃん」
「そういえばそうだったな」
「俺まだ童貞なんだよなあ!」
「は?ウケるんだけど笑 頑張れよ笑」
「それな」
「てかまあ、そんだけ!」
「おう!じゃあなー」
「うい!」

これが最後のやり取り。

結局、ようやく去年童貞を卒業したけど、それを報告しようとは思わなかったし、
童貞に由来するアドレスも変更はしなかった。

フェイスブックで友達になっているからたまに近況を見かける。
高橋は大学を卒業して地元で警察官になっていた。
去年結婚して、子供もできたらしい。
生まれた子供の写真に、いいねだけ付けておいた。