喫茶店で俺は友人Nに宣言した。
「Lちゃんともし結婚することになったら絶対宗教から俺が救い出す!」
彼女と知り合ったのはNの家にいる時だった。
大学一年生の時のこと。
夜遅く、NとTと3人で部屋で話してる時に、Nが電話を受けた。相手は同じサークルの同期の女の子。
Nの家の最寄り駅で終電を逃してしまったらしく、今から女友達2人を連れて泊まりに来たい、という。
Nにいいか?と尋ねられて、俺とTは笑顔で快諾。
これから始まる「何か」への期待に胸を膨らませた。
部屋にやってきた3人は全員付属の女子高出身の女の子だった。
一人はサークルの同期のA
二人目はもうあんまり覚えてないけど元気系のS
そして三人目が今回の話のテーマであるLちゃんだ。
何かが始まったのはNだけだった。
付属の男子校出身のNと三人は同じ付属生としての話で盛り上がり、Tと俺は黙って話を聞くことしかできなかった。
会話に割り込むことが出来ない。Tも俺も引っ込み思案な上に地方出身でその上浪人まで経験している。
俺もTもすぐにふて寝した。
明け方に女の子たち三人は帰り、Tも少ししてから帰った。
残った俺とNは昼過ぎに起きて、枕の奪い合いをした。
Lちゃんの枕だ。
彼女は三人の中で明らかに飛びぬけて可愛く、しかも可愛い女の子にしかありえない、とてつもなく甘い香りを発していた。
枕争奪戦に敗れてしまったが、Nが十分に堪能し尽くした後の枕を、それでも俺はしゃぶりつくように嗅ぎ回した。四年経った今でも、頭がくらくらするほどいい匂いだったことをはっきりと覚えている。
それから時は過ぎ、ある日同期のAとカラオケに行こうという話になった。
他に誰か誘おうか、とサークルの他の同期に声をかけたが誰も捕まらない。
Aが「そうだ、L誘ってもいい?」と提案した。
「それ!」と間髪入れず俺は叫んだ。
三人で行ったカラオケは、それはそれは楽しく甘美なひと時だった。
Lちゃんが歌ったBONNIE PINKのA Perfect Skyが俺の心を貫いた。
BONNIE PINK - A Perfect Sky - YouTube
「何か」が再び始まりの鐘を鳴らした。
まずは事前調査だ。
付属なのにそのまま上がらず他の大学へ行った、ということは聞いていたので、まずはそのことをAに聞いてみた。
Aはなかなか答えなかった。となるとますます気になるのが人ってもんだ。グイグイしつこく聞いた。
誰にも言わないでね、という前置きに激しく縦に首を振った。
告げられたのは某宗教団体のお膝元の大学だ。
そこの短大に通っているという。
その宗教団体については少なからず悪い噂を聞いていたし、驚いた。
しかし恋の前に宗教も国も年齢も関係ない。
「俺があの子を救おう」と決意した。俺があの子と付き合って、悪い夢から覚まそう、あるいは無理やり入信させられているのなら、親からも守ってやろうと思った。本気で思ったんだ。
他に彼氏と最近別れた、という情報を入手。これで実は彼氏が居ましたなんてことも無くなった。
後はAから連絡先を聞いて遊びに誘うだけだった。
「俺もAも映画サークルなんだよね~」
「じゃあ映画詳しいんだね!どんな映画好きなの?」
「逆にどんな映画好き?」
「え!今度三谷幸喜の映画やるじゃん。ステキな金縛りだっけ。じゃあもし良かったら観に行かない?」
俺にしては上出来の流れだった。
本当は二人きりで観に行きたかったが「Aも誘う?」とLちゃんに言われしぶしぶAも誘うことに。
今の俺ならここで気づく。
しかしまだ大学一年生。浮かれポンチな俺だった。
当時の俺の大問題がファッションだ。
毎日履いてボロボロになったコンバースジャックパーセルの黒とWEGOで買ったショートPコートなんかで戦えるはずがない!
しかし金が無い!バイトももう辞めた!
困った俺は「本当に冬の服はお金がかかるんだよ!今買っておけば大学生の間ずっと着れるんだよ!」と磨き上げた腐れ根性で祖母に哀願した。
見事5万円をゲットした。
南大沢のアウトレットモールでユナイテッドアローズのショートダッフルをゲット。
前々からずっとダッフルコートが着たかったので調べて調べてやっとたどり着いたのがそのダッフルコートだった。
新宿のレイジブルーでマフラーをゲット。
新宿のaround the shoesで茶色のブーツをゲット。
マフラーとブーツはNに何度も何度も何度も何度も似合うかどうか確かめてから買った。
それまでスニーカーしか履いたことのの無かった俺は、ブーツを履いた瞬間少し大人になったような、強くなったような感覚を味わった。
怖いものはもうこれで完全に無くなった。後は全力でハートを奪いに行くだけ。
買い物が終わって、喫茶店に入り俺はNにLちゃんへの思いの丈を語った。「もう最悪俺も入信するわ!」とか言って。
その後どうなるかも知らずに無邪気に笑ってた。
当時俺の住んでいた橋本で遊ぶことになった。マイホームタウン。ヘマは許されない。
使い慣れないワックスで頭を固めて出陣。30秒後には元に戻っていてたとしてもそんなことは関係なかった。
一番先に着き、ドキドキしながらLちゃんを待った。
Lちゃんは着いて早々「なんか可愛いね笑」と言った。
ちょっと小馬鹿にした感じで。
俺は「え・・なんか笑われたぞ・・・?でも可愛いならいいのか?・・でも・・・」とかなんとか考えたが無理やり悪い予感を断ち切り、
ご飯を食べてから行こう、ということになっていたので前々から行くと決めていたポムの樹へ向かった。
ここでもう面白いくらいに話が弾まなかった。
覚えているのはAがAKBの話題で盛り上げようとしてくれてたのにも関わらず、Lちゃんが携帯をいじっていたことだ。
オムライスを食べたが、味が全くしなかった。
ポムの樹を出て、そこそこある時間を潰すために向かったのがエバーグリーンカフェ。
まあまあオシャレで一回も行ったことが無いここに二人を連れて行ったのは俺なりの、精いっぱいの頑張りだった。
ここで開き直ってガンガン喋ったのは覚えている。
別にいいよ^^;と言うLちゃんに無理やり奢ったことも。
男はどうやら好きな女には奢らにゃアカンらしいぞ、とネットでかじった知識で。
バカ、なんでAには奢らねえんだよ。それならまだ何もしない方がマシだぞ、と当時の俺に言いたい。
映画上映20分前になり、店を出てMOVIX橋本へ向かった。
道中、屁をこいてしまった。
Lちゃんの様子を伺いながら自分が先導しなきゃいけない荷の重さに耐えかねて、腹痛を起こしていた。
運の良いことにちょうど雑踏の音に紛れて二人とも気づいていないようだった。
館内でAが気を効かせて俺とLちゃんを隣り合わせに。
しかしこれが仇となる。
映画が始まってすぐ、さっきの屁一発でおさまったと思っていた腹痛が俺に襲い掛かって来た。
俺は確かに必死に耐えた。歯を食いしばって。途中でトイレに行くとAちゃんの前を通らないといけない。映画上映中に席を立つなんてクールな男がすることじゃない。とにかく俺は耐えた。
映画は気が遠くなるほど長く感じた。もう内容なんて頭に入って来ない。
中盤に差し掛かったあたりだろうか、「ギュルルル・・・」という音とともにデカいのがぶっ放される悪寒が全身を駆け巡る。
必死でケツを締めた。一瞬でも気を抜けないのだ。隣にはLちゃん。少し漏れ出しただけでも大事件だ。
なんとかケツからの放出は防ぐことが出来た。
しかし、もう一つ穴があったのを忘れていた。
行き場を失ったガスたちはもう一つの出口をめがけて一気に駆け上がった。
「ンゴブッッ!」
俺は、口から大量のガスを吐き出してしまった。それはいわゆる「ゲップ」と呼ばれるものだった。
頭が真っ白になって、
大量の汗が出て、
顔が真っ赤になった。鏡で確認したわけではないが絶対に真っ赤だった。
そしてこれだけの大量放出音だ。真隣にいるLちゃんが気づいていない訳がない。
もう何も考えられない俺を尻目に映画は三谷幸喜の作品らしく陽気な大団円を迎えた。
映画を出た後はひたすら気まずかった。沈黙を埋めるためにAが頑張っていたが、俺は気の無い返事しか出来ず、
Lちゃんは黙って前を向いて歩いていた。
Lちゃんに映画がどうだったか、と聞いたら
「全然面白くなかった。」と答えた。
気まずいまま、二人は帰って行った。
別の友人Mにことのあらましをメールで告げると、「何でもいいからLちゃんにメールしろ」と。
こういうのはすぐ送るのがベストだぞ、と
なんて送ればいいかわからない、とMに泣きつくと
「今日はありがとう!もし何か不快な思いさせちゃったりしてたらごめんね。今度は二人で遊びに行こう!」
こんな感じのを送れとアドバイスされた。「二人で~」がミソだぞと。俺はこれをそのままコピペして送った。
返って来た返事は
「今日は楽しかったよ~。ごめん、私今大学に好きな人いるんだ。。だから二人で遊びに行ったりは出来ないかな。。。」
Lちゃんの通っている大学は「女子」短期大学だった。
全てを完全に理解した俺は部屋で一人、為す術もなく、頭を抱えて小さくうずくまるだけだった。
今日の短歌
手の甲に残ったかすかなひっかき傷確かにあいつが生きてた証