甘い生活

ビューティフル・ヒューマン・ライフ

俺が童貞を拗らせた話 後編

サークル同期Aのセックス未遂からしばらく経ち、春も近づいたある日、他大学と合同撮影したサークルの同期男から共演した可愛い女の子を見せてもらった
そこにいるのは間違いなく天使だった、俺は心底そいつを羨んだ 何度も繰り返し女の子が映っている動画を見た

その時俺は閃いた、そう、ちょうど俺も出演する予定の自主映画のヒロインをこの子にすればいいのではないかと

俺は脚本と監督を担当している同期にすぐにその女の子の動画を送った、ヒロインはその子で即決だった

監督と渉外の同期が一緒に他大学と撮影した同期をパイプ役にして、交渉は成立した

初めて会った瞬間を俺はまだ鮮明に覚えている
そこには俺の理想の、頭の中で想像していたもやもやが一気に結実するような、そんな天使と見まごうような可愛い女の子がいた

白い肌、くっきりとした二重の少し猫っぽい目、控えめな口元、細い脚
そして動画でも何度も聞いた甘いとろけるような声

世界にはこんな女の子がいるのか、、と衝撃を受けた

もう好きとか嫌いとかじゃなくて、こんな理想的な女の子がこの世に存在していることに感謝した
Mちゃんはセックスと穢れから無縁の存在だった 当時の自分にはそう見えていた
やっと出会えたと思った

名前はMちゃん 名前すら特別感があった

撮影が始まった
俺はMちゃんに惚れている役だった いつだってヘタクソは当て書きだ
プールサイドで好きですと告白するシーンがあって、一生忘れない瞬間になった
撮影現場から女の子を送り届ける時だけ二人きりで話せた 人生であれほど幸福な瞬間はもうあまりないと思う
他愛無い話の一つ一つをしっかりと今も覚えている

撮影が終わりに近づいたある日、俺はMちゃんの実家の近所にいた

たまたまMちゃんの最寄り駅に高校の先輩と住んでいて、泊まりがてら散策していたのだ
Mちゃんの苗字は珍しい 一軒一軒表札を見て回った この家も違う、この家も違う・・・傍から見れば気持ち悪いかもしれない
でも俺は幸せだった およそ半径1キロ圏内に恐らくMちゃんが居る・・・
この行為はおよそ10回以上行われるのだが、一応先輩との散歩なので一人ではなかったことを記しておく

ふらふら先輩と高校の同期と三人で歩いていると一軒の小さな飲み屋に辿りついた
実はここは今でも通っている行きつけの飲み屋だ

飲み屋のおばちゃんはとても気さくな人だった 
Mちゃんのことを話すと「今すぐ電話しなよ!」と言われた
俺は酔った勢いでMちゃんに電話をかけてしまった

少し話して、Mちゃんを飲みに誘った
「皆でですか?」と聞かれたので「いや二人でもいいかなと思ってる」と答えた
「ごめんなさい、もし勘違いしてたら申し訳ないんですが、私、今お付き合いしてる方がいるので二人きりでは行けないです」
と凄く申し訳なさそうに答えられた
笑うしかなかった
「そっか、なんかごめん、俺二人で誘ったのさ、正直Mちゃんに一目ぼれしたっていうか、好きだったからなんだ、でも、彼氏がいるなら全然、なんか、あの、いい友達になれたらいいなって思う」
「そうなんですか・・・でも、ありがとうございます、嬉しいです」

きっとMちゃんはこういうことには慣れていたんだと思う

でも今までクソビッチにおかずにされたり、学年一のブスにバカにされたり、クラス中の女子に気持ち悪いって言われたり、「もう二度と連絡しないでください」と片想いの相手に言われたり、本当に、本当にぐちゃぐちゃになってた俺の心、好きとか純情さとかそういう踏みにじられてきたもの、勢いでも勘違いでもなんでも、それを初めてちゃんとした形で受け止めてくれてほんとうにほんとうに嬉しかったし救われたと思った

その後小一時間色んな話をした 好きな音楽の話、初期フジファブリックが良いよねとか、Mちゃんが好きな曲は午前三時で凄くわかってるなと思ったし、その時は全然知らなかったsyrup16gを教えてもらったり、岩井俊二の話で盛り上がったり、考え方が凄く似てて盛り上がったりして、この瞬間に時が止まればいいと本気で思っていた

そして最後のとどめの一発を喰らった

「私たちなんか似てますね」

この言葉は俺をその後三年程苦しめる呪いになった 童貞は拗れに拗れた
くだらねぇと思うかもしれない、でもこういうガラクタをかき集めてかき集めて神棚に備えて拝むような俺のまごうことなき恋だった

撮影最終日にまた会った

俺が一人で駅まで迎えに行くことになって、俯きながら歩いていた、ちょっと離れたところにいたMちゃんを俺は匂いで気づいてしまった
可愛い女の子はその子特有のいい匂いがするんだ

フジファブリックのライブTシャツと花束をMちゃんのクランクアップ時に手渡した
花束は俺が選んで買ったんだけどそれだとあまりにも気持ち悪いからみんなからってことにした

Mちゃんは屈託ない笑顔で受け取ってくれた

それからずっとMちゃんのことを考えていた Mちゃんの彼氏は大学のミスター候補にあがるほどのイケメンで金持ちだった
メンズノンノに載っていたのを見たとき笑ってしまった 趣味は料理とゴルフと書いていて床に叩きつけたくなった

Mちゃんの近所には何回も行った ツイッターをフォローしていたので呟いていた行きつけの店にも行った
Mちゃんがいつも使っているバス路線にも乗った Mちゃんに近づけているようで嬉しかった
Mちゃんの母校にも行った 小中高一貫の女子高だ 校門の前で写真を撮ったら守衛さんに苦笑いされた
一応全部一人では行かなかった 何かのついでに誰かと行く それが俺の最低ラインだった

Mちゃんに頑張っているところを知ってもらいたかったから積極的に外に出て自主映画の役者活動をやった
Mちゃんに出演してもらって知り合いのバンドのPVを製作しようとしたこともあった
おかげで俺の世界が少し広がった
演劇のオーディションを受けたりしたのもつまるところMちゃんという存在をきっかけにしていたんだと思う
Mちゃんのことを考えれば頑張れた

半年に一回くらいのペースで会えた
飲み会でバカな女がふざけて俺の股間にビールをぶっかけたときMちゃんはすぐに躊躇なく白いハンカチで股間周りを吹いてくれた
いつまでたっても天使だった

でもいつまでたってもMちゃんは誰かのものだった
Mちゃんの友達に言われて心に響いたのは「でも○○くんとは絶対に付き合わないと思うよ だってMちゃんは自分と似たような人のことを好きにならないもん」って一言だった

だからもうちょっと地に足に付けなくちゃと思って、好きでもない彼女を作って、破綻した
Mちゃん以上の女の子なんてどこにもいなかった
どうすればいいのかわからなくなった

それでも、全て時が解決してくれるという言葉通り、Mちゃんは少しずつ少しずつ俺の心からいなくなっていった
休学してヒッチハイクをしたり演劇をやったり合コンしたりがむしゃらに行動していくことでだんだん忘れていった

去年の春、大勢で花見をする中にMちゃんもいた 相変わらずの可愛さだった

突然Mちゃんの友達がやってきたと思ったら、Mちゃんが今共通の知り合いと付き合っていることを教えてくれた
その人は俺とも凄く仲がいい人だった 連絡が取れなくなったのはそういうことだったのかと合点がいった 一ミリも恨みなんてしないのに
Mちゃんが選ぶんだから 
Mちゃんはそのことを俺にちゃんと自分の口から言おうとして、でも言えなくてずっと悩んでいたらしい
申し訳ない気分になった
やっぱり本当にいい子だった

女にバカにされれば「でもこいつより何百倍も可愛いMちゃんがこの世に存在している」と強気になれるようになった反面
セックスできそうになれば「でもMちゃんがいるし、、、ここで妥協して良いのか、、、」とハードルが上がった

そういうのが時間が経つにつれ無くなっていった
この前「もうそういうの本当にいい、要らない」と思ってブスで童貞捨てた

初めて会ってから四年経ち、やっと完全に気持ちを断つことが出来たような気分でいる
俺が好きだったMちゃんは俺の中のMちゃんであって、本当のMちゃんじゃなかったのをどこかでずっと認めたくなくて、でも最近そうだったんだなって気づいた
俺の中のロマンチスト要素は消えることはないかもしれないけど、あんなに一人の女の人に幻想を抱くことが出来ることはもう無いんだろうなと思う

www.youtube.com

ようやく空っぽになれた今の心で、来週はSちゃんと吉祥寺に行くのだ俺は、未来を生きるんだ