甘い生活

ビューティフル・ヒューマン・ライフ

唐辛子

 道端に唐辛子が落ちていたので拾った。その日は珍しく雪の降る日で、雪道に白の中に唐辛子の赤が映えて、ただでさえ何もない道に余計に目立っていた。俺はその何の変哲もない唐辛子を数秒眺めた後に放り投げた。
 一瞬気を失った。気づくと、また道に唐辛子が落ちていた。さっきと同じ場所だ。不思議に思った俺だが、気のせいだと思いそのまま通り過ぎた。
 また気が付くと俺は唐辛子の前にいた。これは明らかにおかしい。二度も同じ場所に戻っている。しばらく考え込んだ後、この唐辛子をどうにかすればここから抜け出せるのではないか、と考えた。俺は唐辛子を千切って二つにした後、それを別々の方向に飛ばした。
 次の瞬間、また同じ場所に戻っていた。今度はどうする、今度は、遠くにぶん投げる、雪の中に埋める、原型がわからなくなるくらい細かくする、どれも上手くいかなかった。
 どれだけ繰り返したのだろうか、俺はいい加減このクソいまいましい唐辛子に飽き飽きしていた。なんでたかが数センチのこれに歩みを止められなきゃならないんだ。腹が立った。俺は恐らく何十回目かのループの後、勢いよく唐辛子を口に放り込んだ。苦みを一瞬感じた後すぐさま辛さが口の中に広がる。しかし辛さよりも怒りがまさった。目をつむりながら上下の歯がガチガチと音を鳴らすぐらい力いっぱい咀嚼した。そのままごくんと飲み込み目を見開いた。
 目の前にはまっさらな雪道が続いていた。今までならこのタイミングでまた同じ状況に戻っていたはずだ。遂に唐辛子との戦いに勝ったのだ。実に不毛な戦いだった。そうだ、唐辛子は食い物だ、どうして初めからこんなことに気づかなかったんだ。辛さが残る口から唾を吐き、俺はまた歩き始めた。
 しばらく歩くと犬の糞が落ちていた。さっきも言ったように、何もない雪道にぽつんとそんなものがあれば嫌でも目に付く。踏まないように注意して避け、通り過ぎた。
 一瞬気を失い気が付くと、さっきの犬の糞の前に立っていた。