高3の秋、球技大会のクラス対抗サッカーで、俺はディフェンスの鬼として活躍した。
クラスの女子たちは口々に「◯◯のディフェンスやばくね・・・?」と噂し、驚いた。
シュートを決めるよりも、女たちの目の前で目立とうとするちょっと運動神経良い奴らを持ち前の持久力と粘りで潰すのがこの上なく気持ちよかった。
気分が良かった。優勝し、普段散々陰口を叩いている女子たちと笑顔でハイタッチを交わした。はじけるサイダーみたいな爽やかな気分だった。
打ち上げにも快く参加した。
帰り道、八重歯が尖っていて超音波みたいな笑い声を発する通称「ゴルバット」と呼ばれる女子は、俺に好きな人の有無を尋ねてきた。
調子づいていた俺はうっかり口を滑らし、気になっていた女子の名前を出してしまった。
Mちゃん。顔面偏差値40と称されるほど不作の年だった学年で唯一可愛いと思っていた女子だった。
1年の時から友人と付き合っていたが、春頃別れたという話を耳にして以来、どうせなら一番可愛い女子にアタックして玉砕してから卒業したいという思いが日に日に募っていた矢先だった。
Mちゃんと告げた直後に奇声をあげるゴルバット、その仲間の女子数名が瞬く間に群がってきて、奇声の連鎖。
「うっそーーー!!!キイイイイ」
「マジで?マジで?キイイイイ」
「やばくね?やばくね?キイイイ」
「「じゃあうちらが協力してやんよ?」」
勢い、協力してもらうことになってしまった。
作戦はこうだ。
俺の気になっていた女の子、Mちゃんを女子数名で協力し、教室に残す。俺もゴルバットからの合図のメールの後、適当に忘れ物を取りに来た振りをして教室へ戻る。
そして女子のうち1人がそれとなく「そういえばウチら◯◯とアド交換してなくない?交換しない?」と提案し、全員交換する流れを作る。
もれなくMちゃんのアドレスゲット一丁まいどあり。
茜色の夕日さす放課後の教室で作戦は決行された。思えばこれが青春だったのか。
途中Mちゃんが「いや、私はいいよ(苦笑)」と断ろうとするとんでもないアクシデントが発生したが、女子達がお得意のわけのわからんノリで押し切った。
夜、感謝はしつつも他の女子のアドレスはもれなく消去し、Mちゃんに早速メールを送った。
「なんか流れで交換しちゃったけど笑 よろしく〜〜」
「なんかノリやばかったね笑よろしく!」
「てかそろそろ受験やばいよね〜〜」
「マジでやばい!俺は私文受けようと思ってるんだけどそっちは?」
ここでメールが途切れてしまった。そこから返信は完全に途絶えた。
「もう二度と連絡しないでください」と言われた一年生の時のトラウマがフラッシュバックした。
ああだめだここからしつこくしちゃ。しつこくしたら嫌われる。返ってこない時点で少なくとももう脈無いや。終わった。だめだこれは、もう。
公園に行ってゴイステを聴いた。蔦の絡まったベンチに座り、どしゃ降りの雨の中、天を仰いだのを覚えている。激しい雷に怯えて帰ったことも。
週明け、学校に行ったが直接話をする度胸が無く、「勝手に気まずい」学校生活が始まった。
Mちゃんとすれ違うのすら嫌なので、俺の教室の移動範囲は自分の机がある左奥の端周辺、教室の四分の一ほどの範囲になった。そこでクラスの男子と話すか、隣の理系クラスに退避するようになった。
目を合わせたくないので、俯きがちになった。授業中以外は前を向くのをやめてしまった。
広かった教室がずいぶん狭くなってしまった。俺は完全に心を閉ざした。
そこからはひたすら卒業までの時間を耐え忍んだ。卒業式ですら早く終われと思った。
大学生になったある日LINEの通知が来た。たまにあるゲーム宣伝のうざいやつ。
辛うじて名前を知っている程度の輩から送られてくるアレ。
それがMちゃんから送られてきた。
酔っぱらっていた俺はすかさず「久しぶり!いまなにやってるの?」とメッセージを送った。約5年ぶりの邂逅。
「久しぶり!いま◯◯で歯医者やってるよ!◯◯くんは?」
「俺は今大学生だよ!」
中略
「てか、覚えてないかもしれないけど、高校の時メール三通目くらいで返して貰えなくなってさ
そのトラウマをほじくり返そうと思って返信しました!笑」
「メールしたこと覚えてるけど返さなかった記憶はないよー!( ̄O ̄;)
けどなんだかごめん!
うん!全然返信してして(*^_^*)(笑)」
「えっ?トラウマ?(笑)」
「やー何か勝手に色々思い込んでて、返信来なくもうだめだーってなってたんだよね、、
それ以前には「連絡してこないで下さい」って言われた事があって、もう俺ダメだってなっちゃってさ笑」
「まじか!じゃ多分メールの不具合か返したと思ってたかのどちらかだな( ̄O ̄;)
そんなことあったんだ!
それは傷つくね!∑(゚Д゚)
わたし高校の時◯◯くんの独特な世界観凄くすきだったから仲良くなりたいって思ってたよー!」
「そうだったんだー、、
いやー、あれからもう怖くて一言も話せなかったからね、、
思い込み激し過ぎた!
俺に独特の世界観なんてあったっけ?笑」
「怖いとか!(笑)
わたし人意味なく傷つけんの嫌いだからそんな事分かってたらしないわー*\(^o^)/*
思い込み激しすぎだー!(笑)
そのくせは治ったの?(*^_^*)(笑)
あるよ!ある!
でまくりだよ!」
「うわー、ほんと思い込みだったんだなー、、
多少は治ったと思う、、思いたい!笑
高校の女子みんな怖かったんだよね、、俺あの頃毎日イライラしてた。
やー独特とか、、笑 ほんとただひたすらイライラしてたよ、、」
「そっか!良かった!
あんまり深く考え過ぎはよくないよ!(笑)
女子怖かった?( ̄O ̄;)
イライラしてたの?」
「そうだね、本当にそうだと思った、、!
うーん、俺高校自体があんまり好きじゃなくってさ、、あと女子うるさいなーって思ってた笑
神経質過ぎたんだよねー。」
「そっかそっか(*^_^*)
◯◯くんはそおゆうのあんま気にならない人かと思ってたけど皆やっぱうるさいのとか嫌だよね∑(゚Д゚)」
そろそろ寝るね!
また機会あったらラインしてね*\(^o^)/*(笑)」
「でも今はそういうこと気にならなくなったし、全然みんなと話したいし話せるのにもったいなかったなーって思ってさ。
なんていうか懺悔です!!ごめんなさい!笑
夜遅くにわざわざありがとう!おやすみー!」
「(OK!のスタンプ)」
久々にLINEを読み返した。自分で言うのもなんだが、これはかなりキツい。
俺の高校生活は騒音によるストレスや「こんな底辺校に居るはずじゃないんだ」という肥大したプライドや激しい思い込みによって、勝手に自分で暗い色に塗り固めていたのだ。
Mちゃん、めちゃくちゃ良い子じゃねえか。
教室の中を「ジャングル」女子たちを「メスゴリラ」と形容していたような陰湿極まりない俺のことを「独特の雰囲気」というギリギリ貶さない絶妙な表現を使ってくれているこの優しさよ。ちょっとバカにされている感じも、それはそれでちょうど良い。
周りの女子もブスな上にバカでクソうるせえの抜きにしたらまあ愉快な奴らじゃねえか。集まると校長が「校長室まで響いてくる」と全校集会で注意するレベルの騒音を巻き起こすアホな女子たちだったが、一人ひとり単体で話す分には別に嫌いじゃなかった。
あの時毛嫌いしていた高校の女子たちとも、今なら笑って語り合えるはずだ。そうだよな。