あれは忘れもしない三年前の春の出来事。
当時大学二年生だった俺は近所のカラオケに足しげく通っていた。大好きなMちゃんにフラれたフラストレーションを歌うことで発散していたのだ。
いわゆる「ヒトカラ」。
それまでもちょくちょく通っていたが、春にはもう頻度が半端なかった。二日に一回は行ってた。
その日も俺は平日昼間の一番入りやすい時間を狙って店へ行った。いつものようにガガガSPの卒業とか歌って。最後にハイスタのMyfirstkissを歌った。
途中で「ファーストキスもクソもねえよ」という虚しさがこみ上げて来て、途中で消して部屋を出た。
階段を下っていると、脇に置いてある椅子に女の子が座っていた。あらまあ珍しい、とか思いつつ通り過ぎようとすると
「すいません!」
「あ、あ、はい」
「私のこと誰かわかりますか?」
最初は誰だったのかさっぱりわからなかったが、よく見ると頻繁に顔を合わせる店員だった。
「あ、ここの店員さんですよね・・・」
「わかってもらえました?笑 実はその、前からちょっといろいろお話とかしてみたいなと思ってて、これ、もし良かったら受け取ってもらえますか?」
スヌーピーの可愛らしいメモ用紙をもらった。名前と電話番号とアドレスが書いてあった。
「あ、ありがとうございます」
「もし気が向いたら連絡して下さい!じゃあまたー!」
そう言って奥の方へ行ってしまった。
思い返してみるとこんなことがあった。
友人と一緒にカラオケに行ったとき、会計で隣のおじさんから絡まれた。その時に担当していたのがその店員さん、Aちゃんだった。
絡まれた、とは言ってもそのおじさん、酔ってめんどくさかっただけで最終的に1000円くれたのでこっちとしては得しかしてないんだけど。
Aちゃんが「ご迷惑おかけして本当にすみませんでした、ありがとうございました・・・。」と言ってきたので「いえいえ全然」でその時は終わった。
それからまたヒトカラに行った時のこと。
Aちゃんが突然入って来て、「この前は本当にすみませんでした、これサービスなので食べてください!」とポテトフライをくれた。
「この店員俺に気があるな・・・いやいや、まあわかってますけどねえ・・・どうせねえ・・・」って感じ。
それが、本当に気があったわけだ。この俺に。
階段を一歩、また一歩降りるごとに段々実感がわいてきて、外に出る頃にはもうスキップ状態。誰にも止められない。狂喜乱舞。
やった、人生始まった、きたきたきた、俺も捨てたもんじゃねえ。
Aちゃんは指原莉乃と志田未来を足して二で割った感じの普通の女の子だった。可愛いか可愛くないかで言ったら可愛いに入る部類。
この喜びを誰かに伝えたかったので、もとい自慢したかったのでそのまま真っすぐ近くの友人の家に向かった。
友人は「ついにお前も脱童か!よかったな!」と祝福の言葉をかけてくれた。
もう全世界に叫びたかった。
その日からメールのやり取りが始まった。彼女は近所に住む実家暮らしの19歳。俺の一つ下で、栄養士の専門学校に通っているという。
料理の画像送って貰ったりした。料理できるとか最高じゃんハッピーとか浮かれてた。
昔の携帯漁ったらメールと画像が残ってた。こういうのを記念にとっておく癖があるんだよね。
〇〇くんのカレー食べたいっ♪とか言われて絶頂射精状態だった。全然これおかずにしてシコれる。
メールの後三発は抜いたんじゃないだろうか。
電話もした。内容全然覚えてないけど、楽しかった。
ちょっとだけ覚えてるのは髪をもっと切ってワックスで立てた方がいいとか、容姿面での指摘だ。
Aちゃんは俺のポテンシャルに賭けていたのかもしれない。
これが後に放たれる衝撃的な言葉の伏線となる。
何日かして、「私たち付き合うってことでいいんだよね、、?ていうか、もし良かったら付き合ってください!」と言われた。
「あ、はい・・・よろしくお願いします。」と答えた。断る理由なんて無かった。
それで飲みに行くことになった。
駅で待ち合わせ。俺は勃起を抑えられないまま待ち合わせ場所へ向かった。笑顔のAちゃん。マイサンが更に硬度を増す。
とりあえず例のエバーグリーンカフェへ。一回行ったからもう怖くなかった。
syrup15g.hatenablog.com
この時行ったところ。
話しているとAちゃん、大の韓国好きらしい。別に韓国は嫌いじゃないが、韓流ブームは気持ち悪いと思っていた俺の中で「簡単に流行に乗ってしまうバカ」というレッテルがAちゃんに貼り付いてしまった。マイサンが首を引っ込めていく。新大久保へもよく行くと喜々として語っていた。
韓国語で自己紹介された時には、ジーパンの盛り上がりはいちいち気にしなくてもいいくらいになった。
カフェを出て居酒屋へ向かった。適当に坐和民に入った。
乾杯!Aちゃんの笑顔。うん、いいねこういうの。俺はこういう瞬間を待っていたんだと、さっきの萎えをごまかすようにビールを流し込んだ。
俺が少し話す内容に戸惑っていると、視線を感じた。ふっと横を見ると、やや斜め下から上目遣いで、ピンク色に染まった頬で微笑みながら俺を見つめるAちゃんがいた。
ちょっとドギマギして「あ、えっ、何?」と言うと「なにかんがえてるのかなあって思って笑」という返事が。
うああ、、、これ、間違いなくセックスできるな、という期待がどっと胸になだれ込んできて、再びギンギンに勃起してしまうマイサン。
その後は他愛のない話が続いていった。
しかしなぜか、俺は冷静になっていった。
なんでだろう、わからない、けどなんか、これは、違う。
チンコは熱いのに、酔ってるのに、心が冷めている。なんでだろう。
フラれたMちゃんのことを思い出していた。Mちゃんだったら、韓国とかじゃなくて初期フジファの話とかで盛り上がれるし、本とかも詳しいし、頭良いし、もっと楽しいし、可愛いし、Mちゃんだったら、、、Mちゃんだったら、、、!アルコールはごまかすよりもむしろ、俺の心の声を拡張していった。
ディズニーの話をされた時の「Aちゃんと行くよりもMちゃんと行く方が絶対に楽しい!!!」という心の叫びにもう耳を塞げなかった。
断ろう。全部やめにしよう。
店を出た後近所の公園に向かった。俺とAちゃんはブランコに座った。夜の公園で二人きりで女の子と語り合う、という俺のちっぽけな夢は奇しくもそこで初めて叶えられることになった。ちっさいちっさいシチュエーション欲。
「あのさ・・・」
「なにー?」
「この前、付き合うってことになったじゃん、あれ、ごめん、やっぱり無しにしたいんだ・・・」
「えっ・・・なんで?」
「俺この前めちゃくちゃ好きな女の子にフラれたって言ったじゃん、それで、やっぱりその子のことが忘れられないんだよね・・・」
「・・・」
「ごめん、思ってた以上にMちゃんのこと好きだったみたいで・・・」
涙ぐむ俺。
そう、自分に酔っていたのだ。純情さ。一途にMちゃんを想い続ける純情なオレ。腐った純情。純情気取り。それをアルコールが助長、助長。
「そっか・・・それはしょうがないね・・・」
「・・・」
「でも、私ならMちゃんを忘れさせられる自信ある!」
「・・・(君じゃMちゃんを忘れさせられることは出来ないよ・・・)」
「あの・・・」
「・・・」
「私、〇〇君を私色に染めたい!」
これは俺の人生ベスト3に入る衝撃的なセリフだ。
Aちゃんは見るからに童貞な俺、まっさらな、俺というキャンバスの上に自分の色を自由に塗りたくりたかったのだ。
その時の俺は「染められたくねぇ」の一心だった。「オイラがてめえら(女)を染めるんじゃい!」と。
向こうから来てくれたことを良いことに思い上がっていた。つけ上がっていた。もしタイムマシーンがあるならこの時の俺の顔面を三発位グーパンして、
一緒に土下座して「愛のままにワガママに僕をあなた色に染め上げてください・・・」と頼み込む場面だ。
「ごめん・・・」
「そっか・・・こればっかりはしょうがないもんね・・・」
「うん・・・」
「帰ろっか!」
「うん、家まで送っていくよ」
そう言って立ち上がり、しばらく歩いてるうちにある異変に気付く。
財布が無い・・・・
Aちゃんに財布のことを告げ、さっきまでいた場所をくまなく探すも見つからなかった。
仕方ないので苦笑いしながら送って行った。格好がつかない。どうしてこうなってしまうんだろうか。
それからAちゃんと会うことは無かった。
時は流れて2014年1月2日。
2013年なんやかんやで彼女出来て別れ、↓こちら参照syrup15g.hatenablog.com
新年明けて目標は「彼女を作る」だった。
lineの「知り合いかも?」にAちゃんが載っていた。lineは、過去に携帯電話やメールアドレスを登録した人が「知り合いかも?」に出現するような仕組みになっている。
スタートダッシュが肝心や!と思いAちゃんにメッセージを送った。
「久しぶり!俺のこと覚えてる?」
「覚えてるよ~笑」
「なんか懐かしいなーと思ってさ笑 最近何してるの?」
「栄養士として働いてるよ!」
「そっかー、俺は休学したんだよね」
「なんで!?何かあったの?」
「いや~なんか演劇とかやってみたくてさ・・・」
「そうなんだ!役者さん目指すの?」
「うーん、それはちょっとわからないんだけど・・・」
「そっか~」
「それでさ、まあ何か久しぶりに飲みにでも行きませんか?」
「あー、今は正月休みなんだけど、仕事が忙しくて今月はもう難しいかも・・・」
「マジかー。来月の予定とかどう?」
引き際の悪さがお分かりいただけただろうか。
そこから既読がつかなくなった。なんという哀れで無様な結末だろう。多分この時には彼氏なんかとっくに出来てたと思う。肉食系な感じだったし。
Aちゃんとの一件以降、俺は初対面の人と飲んでいる時には必ずと言っていいほどAちゃんの渡して来た連絡先の書かれた紙を取り出して自慢した。
「イケてないですけどポテンシャルはあるんですよ」というくだらねえアピールに使った。カード入れにお守りのように入れて肌身離さず持ち歩いていた。
今年の6月にそれを東京大神宮に燃やしに行った。こんなもの未練がましく持ち歩いてるから先に進めないんだと。
だが神仏モノ以外はダメだった。できれば神の御前で燃やしたかった。
仕方ないので隣のセブンイレブンのトイレに流した。
それからまた色々頑張ってみたけど、結局全部ダメだった。
でも諦めない。
とりあえず久々に歌いたくなったんで今からヒトカラ、行ってきます。